2010年1月、整地中の放牧場広場の様子。
お盆も正月もない連日の過酷な作業で右肩を壊し激痛が走り、重いものを持つこともお尻のポケットに手を入れることもできなくなりました。
馬たちのトレーニングも全くできなくなり運転もしづらい深刻な状況ですが、毎日鎮痛剤を飲み湿布を張って無理を重ねました。
2010年5月。10年来のパートナーが発病、入退院を繰り返し病院に詰める毎日。
孵化したアヒルは元の飼い主さんに引き取られました。前日に親鳥たちが襲われていなくなったそうです。
2010年6月26日。アイ母さんにオスの仔馬が生まれ、ビータ(生命)と名付けられました。
2010年8月、虹色のタマムシが空を舞います。
パートナーの病が悪化する記録的な猛暑の中、牧場作りに没頭。
2010年11月。やっと下の四角い馬場の輪郭が見えてきました。
パートナーの抗がん剤治療ができなくなり、自宅で最期を迎えたいという願いをかなえることにし、公的補助を受けて在宅介護が始まりました。
2011年1月の31日、パートナーは牧場完成を見ることなく天国へ。
2011年2月、狩猟免状と銃を返納しました。
2011年3月8日、朝10時。 突然馬たちがおびえたように走り回り、初めて携帯で動画を撮ってみました。
2011年3月10日、震災の1日前に木更津からアオヤギの貝殻到着。水が沸く広場と丸馬場の暗渠にします。
計画停電の夜は寒くて暗く、毎日泣きながら重機に乗っていました。
2011年4月。じわじわと水が沸き続ける丸馬場下の様子。
「できた!」と思って喜んだのもつかの間。 地面が落ち着く前にウッドチップを入れてしまい、結局すべて無駄になりました。軟弱地盤には砂利を厚く入れ、数か月して地面が固まってからでないと作業してはいけないようです。 高価なウッドチップを全部はがして暗渠を入れなおしました。
失敗ばかりで毎日うんざりですが、畜舎への通路に屋根が張れ、雨でも傘を差さずに畜舎へ行けるようになりました。
2011年6月、畜舎の屋根を延長。7月には枯れたケヤキの巨木を伐採しました。
2011年8月。柵も白だと違和感があり、猛暑の中、柵をばらして茶色に塗り替えました。
バーベキューコンロと焼き網を特注。分厚い鉄板で作ってあり何年も使えます。
同時進行で洗い場を作りました。温水も使えて便利です。
この頃には馬たちが柵のないところでも放せるようになりました。
2011年9月。雨後の地面の緩い時には単管でひさし作り。長くて重い5メートル単管を一人で屋根の上まで運び、組むのは大変でした。
2011年10月。古いキッチンテーブルを購入、板を張ってリサイクル。 真ん中をくりぬき、囲炉裏を作りました
暗渠を集めて作った人工の沢には青い沢蟹やカエルなどいろんな生き物が集まり、犬のお気に入りに。
2011年11月。孟宗竹の伐採と、竹やぶコースの整地開始。
新しい仲間、モミジ。「この先やっていけるのかどうか」と胃が痛くなるまで悩みようやく決断し、暗いうちから馬運車を運転して愛知県から連れてきました。
2011年12月。重機に鉄の爪をつけて切った竹をわしづかみ。
軟弱地盤のあちこちにある大きな切れ目に詰め込んでいきます。雨が降るたびにえぐれてしまうのです。
この年は1000時間以上重機に乗りました。地面が乾いて乗れるときにはずっと乗っていた感じです。
飲まず食わずトイレにもいかず、暗くなってもライトをつけて作業していましたね。